お盆
「お盆」には郷愁という言葉がよく似合う。なにかと忙しくやたらと変化が強調される昨今ではこの郷愁(ノスタルジーも)があまり良いように扱われない気がしています。
しかし23歳の人にとって23度目のお盆であり50歳の人には50回のお盆の記憶があるはずです。思い起こせば人はとんでもない変化をしながら今の自分があって、今年のお盆を迎えていることにもっと驚いて良いと思う。
小学生だった僕は母方の実家でお盆をすごしていた。祖父と祖母もいてビールやらコーヒーやらもよく出て、テレビでは高校野球が流れていた。はたちの僕は帰省せずに仲間と熊野古道から神倉神社に登ってご来光を待っていた。子供たちはお墓詣りのあと真っ黒に焼けた顔でかき氷と格闘していた。
今週の高田さんは、
一年の中でのほんの数日間どうやって過ごしたとしてもそれが今の自分なんですな~